ラツーダ20mgに変化後二週間目

もう二週間位経つがラツーダが20mgに増えまして、前回処方されたのが20mgかと思ってたけど実は10mgでした。増量した結果としては、気持ちわるい。副作用として飲んだ直後から吐き気がする。若干の頭痛もある。結構ひどくて寝れないので自分で半分に割って10mgにしてのんでる。他の薬とまとめて飲むのが良くない気がする。効果の方はよくわからないが、一月前からこの薬を飲み始めたことでかなりストレスの容認性があがり、仕事辞めたいで頭の中いっぱいだったのが収まった。それはそれでどうなのかと言う気もする。理性的に考えて転職や自立は自分の人生を豊かにする可能性があるし、その可能性に賭けてみたい、冒険してみたいと言う気持ちも強い。一方で、同じように理性的に同じ視点から考えても、今の健康状態でそれの難易度はかなり高い。環境変化の不安定性に耐えられる体力は現実的に無いし、転職についても白紙の履歴書で精神疾患持ちで受け入れてくる職場は少ないだろう。しかもそれを探し当てるような根性(健康、メンタル、体力)も無い。心折れる未来しか見えない。そのような現実に立脚した思考方法で考えれば、仕事辞めたいが非現実的であるとわかる。というかわかっていた。わかっていてもそう思うしかないほどに追い詰められていたのにも関わらず行動変容できないでいた。これが不健康ということだろう。なにが現実に立脚した思考だ、やってみないとわからないじゃないか。これ以上に健康損ねて寿命削って手に入れる価値のあるものという夢を見ているんだ。夢だ。僕は夢を見ているんだ。薬で目覚めてしまうわけではない。薬で容認性が上がったからこそ立ち向かわなければならない人生なのではないか。人生とは自分自身を達成することだというセリフはデミアンだったか。夢と現実。そのはざまでクソほど体調わるいくせに夢だけ見ているこれは支えか。お先真っ暗な現実を照らす光か。ただの現実逃避か。今の仕事の不健康がゆえの持続性のなさを考えれば、レーンチェンジせねばならいのではないか。全部理性だ。ちゃんと理性だ。これらの問題の根本として、ただただ不健康である、体調が不安定すぎることが前提として考えられている。なので健康問題さえ解決すればかなり問題はクリアになるはずだ。と思ったが社会換金性のなさがあるので身に着ける必要があるのにも関わらず、一向に勉強しない現実がある。本読んでいても別のことをすぐに考えてしまって、文字の意味が理解できない現状にある。なぜか最近本が全然読めない。一年前ならちゃんと毎日30分は読んで、月に2,3冊は読んでいたはずだ。この間薬に変更は無かったのになぜなのか。仕事辞めたいストレスでダメージを受けたのか。だいぶ禿げたんだよな前髪。後退がすごい。父上がそんな感じなので遺伝的な必然もあるだろう。ハゲはマジでつらい。もうどうしたらいいんだ。そういえばこないだかったNTミクさんで一曲つくったぞ。偉い。二曲目が作る気はあるがなんか技術的なこと考えると手がでない。結局ミクさん先行型じゃないとわからんないまのところ。コード先行とかリズム隊先行とかあるらしいが、わからんよな。

ラツーダ10mgから20mgに増量の結論としましては、10mgでよい効果がでました。副作用はボーとした感じ、眠気、頭痛の頻度が上がったことです。20mgに増量した後は、よい効果を観測するよりも早く副作用の吐き気によって10mgに個人的判断として減量しました。10mgでは吐き気はあまり感じません。他の薬との飲み合わせもある気がするので、他の薬と2,3時間差で飲むなども試しましたが、吐き気が軽減する時と無い時があるのでイマイチわかりません。まぁ精神疾患系の薬の効果や副作用は十人十色ですので私的な話です。